【前編:第1/6話】「親父を助けたい」という思いで選んだ、新卒でリクルートという選択

2021.12.3  カテゴリ:社員ブログ

※画像はイメージです。

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この記事の担当
川井 香織
株式会社ニュースター
キャリアアドバイザー/国家資格キャリアコンサルタント

EC・通販業界に特化し「いい転職ができる」「求めていた人材が獲得できる」と業界内では知る人ぞ知る人材紹介のプロフェッショナル、弊社代表の寺田勝人。そのベストマッチを導き出す人材紹介のはじまりは、彼が新卒でリクルートグループの人材紹介会社に入社したことに遡ります。なぜ人材紹介業の道へと進んだのか、その背景を伺いました。

寺田 勝人(てらだ まさと)/代表取締役・キャリアコンサルタント

1974年 、大阪生まれ。同志社大学法学部法律学科卒業後に入社した(株)リクルートエイブリック(現リクルートキャリア)では、上場を目指すITベンチャー企業を中心に、BtoB、BtoC問わず幅広い業界で人材紹介を行い、その後向かったグループ企業の(株)リクルートエックスでは、エグゼクティブ領域を専門に、経営ボード人材の紹介を担当。リクルートグループ在籍時には、在籍8年で500名以上の人材紹介を実現。(企業担当のみ。故候補者には1人も会ったことがなく、数だけを追う仕事に疑問を感じていた。)2006年、出前館を運営する夢の街創造委員会株式会社(現株式会社出前館)に入社し、執行役員としてヘラクレス上場を経験したのち、2010年に独立。株式会社ニュースターを創業。これまでの経験を活かし、現在、EC・通販業界に特化した転職をサポートしている。

 

両親ともに経営者という環境で生まれ育つ

 

——大学卒業後、現リクルートキャリアに入社されていますが、ファーストキャリアになぜ人材紹介業を選んだのでしょうか。その背景を聞かせてください。

人材紹介の道を選んだ理由は、僕自身の生い立ちに関係しています。
僕は父、母ともに会社を経営する、自営業の両親の元に生まれ育ちました。

今のようにドトールコーヒーやスターバックスが無い時代。父親は自ら喫茶店を開業し、3〜4店舗の喫茶店のオーナーをしていました。その喫茶店は大繁盛で、僕が小さかった頃は、母親も店舗運営を手伝っていたようです。

 その母親も、時計、メガネ、レコード、宝石店を経営する家の育ちでした。

男兄弟がいなかった母親は家業を継ぐことになり、その後父親が営む喫茶店と経営統合。そうして父が経営者となり、100名ほどの規模の組織、いわゆる中小企業の社長になったようです。

——事業家の血筋なんですね。

僕、こんな風に見えても坊っちゃんだったんですよ(笑)

家族経営ながらもきちんとした会社で、社員寮もありました。僕が物心がついた頃には、いつも家族以外の誰かが出入りしているような、にぎやかな家でしたね。


目の当たりにした、経営者と従業員間のギャップ

 

大学は生まれ育った大阪ではなく東京の大学を志望していたのですが、浪人するも希望の大学には入れず、結果的に同志社大学に進みました。親父を抜きたかったんですけどね〜、結果的には小学校から大学まですべて同じ学校に通いました。

そうして大学生になった僕は、アルバイトを始めました。

——どんなアルバイトをはじめたのですか?

両親が経営する、宝石店でのアルバイトです。

その当時は深く考えていませんでしたが、いつかは家業を継ぐかもしれないとか、両親のサポートをしたいとか、そんな思いもどこかにあったのかもしれません。

でも僕はそこで、経営者と従業員の間にある、ある種の「ギャップ」を知ることになります。

——どのようなギャップですか?

従業員同士でよく、上長の話とか経営者の話ってするじゃないですか。まさにそれで、アルバイト先の休憩室で、社長である父親への文句を耳にするわけです。みんな僕が社長の息子だということは分かっていますが、入社順でいくと一番下っ端だし、小さい頃から知っているのもあって気を許していて、気にせず話しちゃうんですよ。

の一方で、家に帰ると今度は、父親と母親が会社の従業員に関する話を日常会話としてしているわけです。しかもそれが、父への文句を言っていた従業員に対する悩みだったり指摘だったりする。中小企業の経営者の人材に関する悩みを、すぐ近くで目の当たりにしていました。

両者の間には、すごいギャップがありますよね。まだ学生で詳しいことはわからないながらも、そこに大きな違和感を感じていました。

しかも悩みというネガティブな話となれば、どことなく家も暗くなります。そういうのがすごく嫌でしたね。

 

営業の楽しさとリクルートを知った、フロムエーのアルバイト

 

——そうして中小企業の人材の悩みを目の当たりにしたことが、就職活動へと直結していくのですか?

実はその時点では、人材紹介業という仕事があることを知りませんでしたし、リクルートのことも知りませんでした。リクルートの存在を知ったのは、フロムエー関西の夜間の新規開拓営業のアルバイトがきっかけです。

それは夜の時間帯に営業しているスナックやクラブへの営業の仕事だったんですが、続かずに辞めてしまう人が多い仕事でした。夜なので、体力的に辛いと感じる人も多かったんでしょうね。でも僕は全然しんどくなくて、かなり長い間続けていました。

うすると、辞めないだけで褒められるわ、クラブのママにも結構気に入ってもらえるわで、いいこと尽くし。営業成績もかなり良くて追加の報奨金も出たりして、気分良く楽しく働いていましたよ(笑)

 

160社の選択肢の中から選んだリクルート

 

——リクルートを知ったその後、どのような就職活動をしたのですか?

就職活動は、相当な意気込みで臨んだんです。

なぜなら僕は二浪しているので、みんなと同じようにやっていたのでは話にならなかったんですよ。遅れを何とか取り戻したい一心で、150~160社に手紙を書きました。

その中にリクルートのグループ会社がいくつかあって、人材紹介という仕事があることも知りました。

——え、ちょっと待ってください!160社に、手紙を書かれたんですか…?

そうです。しかも当時はインターネットの時代じゃないので、全部手書きです。とにかくたくさんの会社について調べて調べて、調べまくって、手が真っ黒になるまで手紙を書きました。

そうしたら色々な会社で気に入ってもらえて。

しかも、フロムエーのバイトで結構稼いでいたので、就活用のスーツではなく、HUGO BOSSのスーツを着てビシッとキメて面接にいくわけです。そうすると雰囲気的に、今すぐにでも現場に出られそうな感じがするでしょう?(笑)

 …なんて話が少しそれましたが、160社の中から最終的に残ったのは、ソニーミュージックエンターテインメントと入社したリクルートエイブリック、現在のリクルートキャリアでした。

——音楽業界と人材業界。全く異なる業界の2社が残ったんですね。

はい。ソニーミュージックエンターテインメントを受けていたのは、昔から音楽が大好きだったから。完全に趣味軸です。

とにかく当時は洋楽に夢中でしたね。デートの最中に相手を置き去りにして、中古レコード店でずっとレコードを漁っているほどでしたから(笑)

でも残念ながら、ソニーミュージックは最終面接で落ちてしまって、それと同時にリクルートエイブリックの内定をもらいました。タイミングとしては就職活動のかなり序盤だったのですが、そのままリクルートエイブリックに入社を決めました。

——早い時期であれば就職活動を続けるという選択肢もあったはずですが、なぜ早々に入社を決めたのですか?

結局、僕の中のどこかには、「親父を助けたい」って思いがずっとあったんですよ。

親父はとにかくいつも人材や採用で困っている。その一方で従業員は、企業とのミスマッチや転職に困っている。こういう双方の不具合をなくせれば、親父も幸せになって、みんなが幸せになる。

人材紹介っていうのは、そういう経営者の悩みを聞いて解決に導く仕事。しかも、その悩みを一つでも多く聞ける仕事かもしれない、経営者の悩みを誰よりも近くで聞いてきた僕だからこそ役立てることがあるかもしれないって思ったら、もうこれは自分の天職なんじゃないかって思ったんです。

そうしてリクルートエイブリックに入社を決め、人材紹介業の道へ進むことにしました。

 

次回は、「入社から2年目の絶好調時代まで」のお話をお届けします。

 

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キャリアアドバイザー/国家資格キャリアコンサルタント
国家資格キャリアコンサルタント/チャイルドカウンセラー/家族療法カウンセラー EC業界での経験を活かし、EC業界に特化したキャリコンを目指しています。また、不登校の子どもに寄り添う支援もしております。

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